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高松高等裁判所 昭和31年(ナ)2号 判決 1956年10月23日

原告 上田正晴

被告 徳島県選挙管理委員会

主文

被告委員会が、昭和三十一年一月二十日施行の徳島県名東郡国府町議会議員選挙の当選の効力に関する原告の訴願につき、昭和三十一年五月二十四日なした裁決(訴願棄却)を取消す。

徳島県名東郡国府町選挙管理委員会が、右選挙の当選の効力に関し訴外福山勇外二名がなした異議申立につき、昭和三十一年二月二十一日なした決定を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文と同趣旨の判決を求め、その請求の原因として、

(一)  原告は昭和三十一年一月二十日施行の徳島県名東郡国府町議会議員選挙に立候補し、南井上選挙区(第二選挙区)において得票百七十二票で当選(最下位)と決定したものであるところ、一票の差で次点者となつた亀山修一候補者の支持者である訴外福山勇外二名より、無効投票とされた投票中「カメ」「カメオカ」なる二票は右亀山修一の有効投票であるから、右二票を亀山の得票に加えると同人の得票は百七十三票となり、他方原告の有効投票中一票は「晴」の一字が判読し得るに止まり他は墨汁のにじんでいるものであつて、これを原告の有効投票としたのは失当であるところ、右計算によれば亀山修一の得票数が原告の得票数を上廻ることとなるから、選挙会の決定は不当である。という理由で国府町選挙管理委員会に対し異議の申立をした。これに対し同選挙管理委員会は、昭和三十一年二月二十一日「カメ」なる一票を亀山修一の有効投票と認めた上亀山修一と原告とは得票数が同数となるから、原告を当選者とし亀山修一を次点者とした選挙長の決定を取消し、公職選挙法第九十五条第二項の規定により選挙長は選挙会を開き「くじ」で当選者を定めるべきものとする旨の決定をした。原告は右決定を不服として、同年三月七日被告(徳島県選挙管理委員会)に対し訴願を提起したところ、被告委員会は同年五月二十四日(イ)前記「カメ」なる投票をやはり亀山修一の有効投票と認め、(ロ)原告の有効投票とされた前記墨汁のにじんでいる投票を無効とし、(ハ)無効投票中「上タ」なる投票を原告の有効投票と認めた上、原告と亀山修一の得票数は依然同数となるから前記町選挙管理委員会の決定は結局相当であるとして、訴願棄却の裁決をなし、原告は同日右裁決書の交付を受けた。

(二)  しかし

(イ)  前記選挙区の立候補者中には金沢一幸なる者があり、前記「カメ」なる投票は「カメ」とも「カナ」とも読めるものであつて、何人を記載したか確認し難いものであるから、これを無効とすべきであり、町選挙管理委員会及び被告委員会がこれを亀山修一の有効投票と判定したのは失当である。

(ロ)  前記墨汁がにじんでいる投票は、選挙会及び町選挙管理委員会において原告の有効投票と認めていたものであつて、墨汁のにじみが甚しいとしても「晴」の一字は判読し得られるところであり、立候補者の氏名中に「晴」の字がつく者は原告以外に存しないから、右投票は原告の有効投票と認めるべきである被告委員会がこれを無効としたのは失当も甚しい。

(三)  従つて、「カメ」なる投票が無効であり、墨汁のにじんだ投票及び前記「上タ」なる投票が原告の有効投票であるとすれば、亀山修一の得票数は百七十一票、原告の得票数は百七十三票となつて、原告を当選とした選挙会の決定に何等異動を生じない。然るに前記の如く町選挙管理委員会が原告と亀山修一との当選を「くじ」で定めるべき旨の決定をなし、被告委員会が右決定に対する原告の訴願を棄却する旨の裁決をしたのは失当であるから、右決定及び裁決の各取消を求めるため本訴に及んだものである旨陳述した。

(立証省略)

被告指定代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として、原告の主張事実中(一)の事実はこれを認めるも、その余の主張を争う。(一)「カメ」なる投票はその字体筆勢等より見て「カナ」と判読することは不可能であつて、亀山修一の有効投票と見るのが至当である。(二)墨汁のにじんでいる投票は、これを意識的に判読するとしても、第四字を「晴」と判読することは至難であり、他の三文字は墨汁のにじみで皆目判らぬ投票であり、公職選挙法第六十八条第七号にいう「公職の候補者の何人を記載したかを確認し難いもの」に該当し、無効である。従つて原告の得票数は、選挙会で有効とされた投票中一票が無効であるが、無効票の中「上タ」なる一票が原告の有効投票と見られるので、結局選挙会の決定通り百七十二票となるところ、他方亀山修一の得票数は、選挙会における有効得票数百七十一票に右「カメ」なる一票を加えて百七十二票となり、両者の得票数が同数となるから、町選挙管理委員会が「くじ」で当選者を定めるべきである旨決定したのは相当であり、被告委員会が右決定に対する原告の訴願を棄却したのも相当である。仍て原告の本訴請求は理由がない、と述べた。(立証省略)

理由

原告が、昭和三十一年一月二十日施行の徳島県名東郡国府町議会議員選挙に際し第二選挙区(南井上選挙区、以下本件選挙区と称する)において立候補し、選挙会で得票百七十二票で当選(但し最下位)と決定されたこと、右選挙区で立候補した訴外亀山修一が一票の差で次点となつたこと(百七十一票)、訴外福山勇外二名が原告主張のような理由により右当選の効力につき国府町選挙管理委員会(以下町選挙管理委員会と称する)に対し異議の申立をしたところ、町選挙管理委員会は昭和三十一年二月二十一日原告主張のような理由で原告と右亀山修一の各得票数は同数となるとして、選挙長が選挙会を開き「くじ」で当選者を定めるべきものとする旨の決定をしたこと、右決定に対し原告が訴願を提起したところ、被告委員会が同年五月二十四日原告主張のような理由で訴願を棄却する旨の裁決をなし、原告は同日右裁決書の交付を受けたことはいずれも当事者間に争がない。而して本件係争の二個の投票が検甲第一号証及び検甲第二号証であることも被告の認めて争わないところである。

仍て先ず検甲第一号証の投票につき、原告は右投票は「カメ」とも「カナ」とも読めるものであり、何人を記載したか確認し難いものであつて無効であると主張し、被告委員会は右投票は「カメ」と判読することができ、亀山修一の有効投票と見るべきであると主張するにつき審按する。右検甲第一号証には、仮名と見られる字が二字記載されて居り、第一字が「カ」であること明らかであるところ、鑑定人三好孝信の鑑定の結果に徴すれば、第二字は「ノ」「ヽ」の順序に書かれたものであつて、「ノ」は右上より左下に向つて、また「ヽ」は左上より右下に向つて書かれたものであることを認めることができ、第二字は「メ」であつて、右投票は「カメ」と記載したものであることを推認することができる。而して本件選挙区における立候補者の氏名中「カメ」なる音訓を有する字を含んでいるのは亀山修一のみであること成立に争のない甲第五号証の三(選挙録謄本)により明らかであるから、検甲第一号証の投票は亀山修一に対する投票と認めるのが相当である。原告の提出援用に係る各証拠によるも右認定を左右することができない。従つて検甲第一号証に関する原告の主張は採用できない。

次に検甲第二号証の投票につき、原告は右投票は「上田正晴」と記載したものであつて、原告の有効投票であると主張し、被告委員会は右投票は墨汁のにじみのため何人の氏名を記載したか確認し難いと主張するにつき審按する。証人野上博の証言により真正に成立したものと認められる甲第二号証、証人野上博、同橋本雅雄、同山本政吉、同橋本久義、同真開弥邦の各証言を綜合すれば本件選挙区の開票において右検甲第二号証の投票は疑義票として取扱われたものであるが、疑義票の審議に際し十名の開票立会人は全員異議なく右投票を原告の有効投票として承認したことを認め得るところ、検甲第二号証の投票は墨汁のにじみが甚しく一見如何なる文字を記載したか不明確であるとはいえ、これを仔細に観察するときは四個の文字中少くとも第四字は「晴」という字であることを判読することができるのみならず、凡そ候補者主義を採る選挙の下における投票は一応候補者中の何びとかの氏名を記載したものと推定すべきであるから、右投票の記載についても本件選挙区における立候補者の各氏名を念頭において判断するならば、検甲第二号証は投票者が候補者の一人である原告上田正晴の氏名を毛筆で記載した後直ちに投票用紙を折り畳んだため墨汁がにじみ現在同号証に見られるような様相を呈するに至つたものであることを十分窺うことができる。従つて検甲第二号証の投票は原告の氏名を記載したものであつて、これを原告の有効投票と認めるのが相当である(尚本件選挙区における立候補者中その氏名に「晴」の字がつく者は原告以外に存しないことは成立に争のない甲第五号証の三に照し明らかである)。

次に成立に争のない甲第一号証(裁決書)によれば、選挙会において無効とされた投票中「上タ」と記載した一票が存し、被告委員会は右投票を原告の有効投票と判断したことを認めることができるところ、被告委員会の右判断はその裁決理由に照し正当であると謂わなければならない。

仍て叙上判断に基き原告と訴外亀山修一の各得票数を比較するに、原告の得票数は選挙会において原告の有効得票とされた百七十二票(検甲第二号証の投票はこの中に含まれる)に前記「上タ」と記載された一票を加えて合計百七十三票となるところ、他方亀山修一の得数票は選挙会において同人の有効投票とされた百七十一票に検甲第一号証の一票を加えて合計百七十二票となること明らかである。従つて原告の得票数は依然亀山修一の得票数より一票多いこととなり、選挙会において原告の当選を決定したことは結局相当であると謂わなければならない。

然らば被告委員会が検甲第二号証の投票を何びとを記載したか確認し難いものとして、これを無効と判断し、選挙会において選挙長が「くじ」で当選を定めるべきであるとする町選挙管理委員会の決定を維持し、原告の訴願を棄却する旨の裁決をしたのは投票の効力に関する判断を誤つたものであつて、右裁決は失当であるから取消を免れない。また右町選挙管理委員会の決定も結局不当に帰するから、これを取消さざるを得ない。

仍て原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき公職選挙法第二百十九条民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 石丸友二郎 浮田茂男 橘盛行)

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